バイオグラフィー
1947年9月20日イタリア南部のバニャーラ・カラブラ生まれ。本名ドメニカ・ベルテ。歌手ロレダーナ・ベルテは妹。
1960年代に幼少の頃のニック・ネームの「ミミ・ベルテ」でデビューしますが、成功には至りませんでした。不遇の時代がしばらく続き、70年にヴィアレッジョ新人コンテストで「Padre
davvero」で優勝し、1971年に「ミア・マルティーニ」として再デビュー。当時同じレコード会社RCAに所属し、売出し中だったカンタウトーレのクラウディオ・バリオーニの作品などを録音しました。1972年「Piccolo
uomo(いとしいあなた)」がフェスティヴァル・バールで優勝する大ヒット曲となり、「Donna
sola(ひっとりぼっちの女)」もヴェネツィア音楽祭のグランプリとして金のゴンドラを受賞しました。1973年のフランコ・カリファーノ作詞・ダリオ・バルダン・ベンボ作曲の「Minuetto(愛のメヌエット)」もヒットし、ミーナやヴァノーニ、ザニッキらに続く女性歌手に成長しました。
70年代後半カンタウトーレのイヴァーノ・フォッサーティとの出逢いにより、彼が手掛けた曲を多く取り上げ、82年「E non finisce mica
il cielo」で初めてサンレモ音楽祭に出場しました。ライヴ活動などでもフォッサーティの協力を得ますが、恋愛関係にあった二人もその後破局を迎えてしまったそうです。
80年代半ば頃一時活動を休止していたようですが、89年のサンレモ音楽祭に出場し、「Almeno
tu nell'universo(宇宙の中にあなただけ)」を歌い批評家賞を受賞。以後ナポリで活躍するカンタウトーレのエンツォ・グラニャニエッロが彼女のために数多くの曲を提供し、アルバム「Martini Mia...」を筆頭に数々のアルバムを発表、ロベルト・ムーロロとのデュエット曲「Cu' mme'」などもヒットしましたが、1995年コカインの大量使用により、47歳で生涯を終えてしまいました。
ディスコグラフィー(ベスト盤を除く)
「Oltre la collina」(1971)、「Nel mondo una cosa」(1972)、「Il giorno dopo」(1973)、「È proprio come vivere」(1974)、「Un altro giorno con me」(1975)、「Sensi e controsensi」(1975)、「Mia」(1976)、「Che vuoi che sia...se t'ho aspettato tanto」(1976)、「Come il vento」(1977)、「Per amarti」(1977)、「Danza」(1978)、「Quante volte...ho contato le stelle」(1982)、「Mimì」(1983)、「Martini Mia」(1989)、「La mia razza」(1990)、「In concerto」(1991)、「Lacrime」(1992)、「Rapsodia」(1992)、「La musica che mi gira intorno」(1994)、「Semplicemente Mimì」(1998)
アルバム紹介
Mia Martini 「Rapsodia」 (1992)
新曲2曲と既発表曲のライヴ録音2曲、その他ヒット曲8曲からなるベスト盤です。新曲はタイトル曲1.と、エンツォ・グラニャニエッロ作曲でロベルト・ムーロロとのデュエット曲10.「Cu'
mme'」です。10.はムーロロの80歳を記念したアルバムのために作られ、グラニャニエッロもギターとコーラスを担当しています。ライヴは自作曲11.「Stelle」と、12.フォッサーティ作曲の「La
costruzione di un amore」。ヒット曲は「Piccolo uomo」、「Minuetto」、「Almeno
tu nell'universo」などが収録されています。
Mia Martini 「In concerto」 (1991)
ライヴ・アルバム。彼女はこれより先に、ポップス・ジャズ界から多くのアーティストが参加したルーチォ・バッティスティのトリビュート・アルバム「Ci ritorni in mente」で「Pensieri e parole」を歌いましたが、このときバックを務めたサックス・プレーヤーのマウリツィオ・ジャンマルコのアイデアによるものです。1.「Vola」、9.「Va
a Marechiaro」など彼女のオリジナル曲のほか、ブラジルに渡って有名になった4.「Estate」や、5.「Come
together」、6.「Love for sale」などの外国曲、ピーノ・ダニエーレの11.「Gente distratta」、ジャンマルコの7.「Animali diurni」など様々な曲が演奏されています。
(FONIT CETRA CDL 294)
Mia Martini 「Martini Mia...」 (1989)
1989年サンレモ音楽祭で批評家賞を受賞した素晴らしいバラード曲1.「Almeno
tu nell'universo」(こちらもブルーノ・ラウツィ作詞、マウリツィオ・ファブリツィオ作曲)が収録されているアルバムです。また、2.「Donna」、4.「Strade
che non si inventeranno mai da sole」など3曲をエンツォ・グラニャニエッロが書き、以後彼はマルティーニのコンサートなどにも協力しています。なお、89年「サンレモ音楽祭ワールド・ツアー」として、参加歌手の一部が来日、東京ベイNKホールで公演を行いましたが、彼女も来日メンバーの一人として1.を歌いました。
(FONIT CETRA CDL 219)
Mia Martini 「Per amarti」 (1977)
上述のように70年代の後半イヴァーノ・フォッサーティとの出逢いにより、彼女は素晴らしいアルバムを発表しました。こちらがその1枚で、日本盤LPも当時発売されました。フォッサーティは曲の提供のほかアレンジ、訳詞、コーラスなどを務めています。ミーナも歌っているリッカルド・コッチァンテ作曲の名曲2.「Da capo」、クイーンの「Somebody to love」にマルティーニ自身が訳詞をした5.「Un
uomo per me」、後にリッカルド・フォッリも録音したブルーノ・ラウツィ作詞、マウリツィオ・ファブリツィオ作曲のタイトル曲6.などが収録されています。
(RCA ND 74895)